コピルアックブロク画像

コピルアック(コピルアク)とインドネシアの魅力

2012.10.03

皆様の中でインドネシアに行ったことのある方のほとんどがバリ島かジャカルタ、もしくはバンドゥンではないかと思います。

 

バリ島はまだいったことがありませんが、とても良いところだと聞いています。

 

良く友人から「インドネシア人ってどういう性格?」と質問をされることがあります。インドネシアはご存じの通り大小たくさんの島があり、数百からなる民族から構成されているため、一概に「これがインドネシア人の性格だ!!」というのを断言するのは難しいのであります。

 

しかしながら私がもっぱら付き合いのある民族、ジャワ人はどういう性格か?と聞かれれば「優し人々」と答えるでしょう。基本的には争いを好まず、嫌なことがあっても相手を許してしまいあまり根に持たない傾向があります。たぶん東アジア人とはここら辺が大きな違いだと思います。

 

ここら辺はある程度宗教的な考えにも基づくものと言えるかと思います。インドネシア人はおおよそ90%近くがイスラム教徒と言われております。イスラム教の教えとして人を憎んではいけないというような教義があるようで、人格的なおおらかさもおそらくこういったことも関係してくるのではないかと感じています。

 

おそらく観光旅行者がジャカルタや中部ジャワに行ったとしても、あまり面白いところはないかと思います。ただただ渋滞と喧騒があるばかりで、特にジャカルタの治安はあまりよくないと聞いています。

 

少しだけ私に関することを記載したいと思います。

 

12年間務めた会社を退職し、39歳で単身インドネシアに渡り起業をしました。どこかの企業がバックアップをしてくれたとか、インドネシア系の企業に入社したとか、そういったことではなく、ある知人のつてでPatiに拠点を構えた次第です。

 

実のところ、それまでインドネシアに行ったことは一度もなく、起業するタイミングで初めてインドネシアに渡りました。コピルアックは先般のブログの通り、Patiにきて初めて知ったものでした。

 

サラリーマンを辞めた理由はいくつかあります。とくに勤務先に不満があったと言いうわけではないのですが、いずれは独立したいと思っていたものの、気が付いたら40歳も近くなり、これが最後のチャンスではないかと考え、独立をした次第です。

 

当初の苦労はやはり言葉でした。1年間ほど池袋の語学教室でインドネシア語を週一で学んでいたものの、やはり実際の現場で使われるインドネシア語はかなり難解で理解はほとんどできませんでした。しかもPatiはジャワ語圏内のため、基本的な会話はジャワ語になります。ジャワ語とインドネシア語は全く違うため、彼らが日常会話で何を言っているのか、もうさっぱりわからない状態です。

 

また、食事についてもやはり日本とは全く違います。日本のようにきれいなレストランやきちんとパッケージされた食べ物が陳列してあるスーパーのようなものはなく、あまり衛生的とは思えない場所で調理されたものを食べる時、「この先ここでうまくやってゆけるだろうか?」と不安になることもしばしばありました。

 

現在の弊社の拠点と私の住居はPanjunan村ですが、相棒のイカサンと出会う前に、実は私、別の村に住んでいました。村の名前はLuboyo村と言います。当然日本人はおろか外国人は一人もおりません。最初は村人たちも好奇心の目で私のことを遠巻きに見ておりましたが、慣れてくると、村人たちも気さくに声をかけてくれるようになり、私も少しずつ周りの空気に慣れてくるようになりました。

 

見知らぬ外国人にも関わらずいろいろ気遣ってくれたLuboyo村の人々には今でも大変感謝しております。また、私がジャワの人々に対して抱く好意的な感情はこのLuboyo村の経験が根底にあります。

 

コピルアックの味はある人にとっては癖になるような味と言われています。私もコピルアックの虜になりこのビジネスを始めました。しかし私にとって、ジャワの人々と一緒に過ごす時間もまた私を虜にしています。

 

インドネシアはでは夕方5:30くらいには日が沈み、月が出てきます。同時にイスラム寺院から聞こえるお祈りを聞きながら、ゆっくりと過ごす時間は素晴らしいものです。

 

                       

Luboyoにいた時の借家の窓から撮影した写真です。バナナが自生しています。

 

Sampai Jumpa Lagi,

Koki