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コピルアック(コピルアク)とインドネシアで起業1

2013.1.03

実は私、こちらで「インドネシアで起業」というブログも書いています。Koki’s Kopi Luwakのこのサイトでは主にコピルアックのこと、コーヒーのことを書いているのですが、「インドネシアで起業」のサイトではそれ以外のインドネシアにまつわるもろもろのことも書いております。

 

もしインドネシアや起業に関してご興味がおありでしたら「インドネシアで起業」のサイトもご参照いただければと思います。

 

ところでこのブログはすでに100近い記事をリリースしているのですが、最近いろいろなお問合せや反響をいただくことがあります。その中で最も多いのが「あなたはインドネシアで起業したのか?」「インドネシアで何をしているのか?」ということです。

 

ご質問をされる方のお気持ちはよくわかります。日本人がコピルアックを「買い付けしている」というレベルではなく、「インドネシア人と一緒に精製している」となると、「なんだそりゃ!?」と思われるのも当然でしょう。

 

そこで、今日は趣向を変えて私が起業をした経緯についてブログに記載してまいりたいと思います。このブログを訪れた皆様の中でもひょっとしたら「独立したい」、「起業を考えている」という方もいらっしゃるかと思います。コーヒーとお菓子を召し上がりながらこの「コピルアック」のブログと「インドネシアで起業」のブログをお楽しみいただければと思います。

 

ところで、私がまだ高校生くらいの頃、今から25年くらい前はパソコが非常に珍しい時期でした。せいぜいワープロが普及し始めた頃で、東芝やNECがテレビでジャンジャカワープロのCMを流していたのを記憶しています。石丸電気やヨドバシカメラ、アリック日進でもワープロが品切れで・・・・。という感じだったと思うのですが、それから10年の間にワープロは完全に衰退しました。

 

おそらく今20代の人はワープロといっても「なんか聞いたことがある・・・・」もしくは「何それ??」という感じかと思います。このワープロ衰退の原因は何と言ってもパソコンではないでしょうか。パソコンの中には既にワープロの機能は備わっているわけです。

 

今から15年以上前のことだったかと思います。初めてパソコンを操作した際「これはすごい!!」と驚愕したのを覚えています。なぜかというと、今までのワープロは操作が非常に面倒で処理速度も遅く、ワープロを使用するのはちょっと憂鬱だったのですが、このパソコンには「マウス」というものがついており、ほとんど全ての操作を直感的に行うことが出来るわけです。だいぶ後になってそれはマウスというよりも「Windows」というもののおかげだと分かったのですが・・・・。

 

いずれにしてもこの頃から「起業家」という言葉が頻繁にテレビや雑誌で出てくるようになりました。パソコン周辺のビジネスはこれから隆盛を迎えようとしており、インターネットもこれから徐々に普及し始めるというタイミングでもありました。1990年代半ばから末頃にかけての話です。

 

マイクロソフトのビルゲイツ氏のように若くして億万長者になる人も出てきました。日本人でもソフトバンクの孫正義氏のような若い起業家が出てきて、活躍し始めた頃だったと思います。

 

当時の私は都内のある会社に勤めておりました。上場企業ではなく工業用の部品や設備などを扱う専門商社で仕事をしていたのですが、こういった起業家に触発されて「絶対に起業したい」という強い意志はなかったものの、既に小さい頃から漠然と「いつかは自分の城を持ちたい」と思っていたのは事実であります。

 

しかし、どうやって起業をするか?を考えるより前に「いったい何がやりたいのか?」ということがこの頃は全く思い浮かばなかったのです。小さいころから何か夢があり、それに向かってまい進する人もいます。また、自分が今まで生きていた経験、もしくは何らかの強烈な実体験から「○○をやりたい!!」と強く思う人もいるでしょう。

 

ところが私にはこういったものが無かったのです。ただ単に漠然と「いつかは・・・・」といったものしか自分の中には存在せず、何も具体性はありません。

 

おそらく「いつかは起業をしたい」と考える方は多いと思います。私もそのうちの一人でした。しかし「何をしたいのか?」はありません。そして何となく時間だけが過ぎてゆき、日々の忙しさで会社の仕事のことは考えるものの、それ以外の自分の将来についてはさほど真剣に考えないという状況が長い間続くわけです・・・・。

 

この状況を変えることは難しいでしょう。生活をする上では何の支障もなく、ある程度の貯金もあり食べてゆくのに不自由はないわけです。とはいうものの決して何か楽をしているわけではありません。会社で仕事をするということはとてもシビアなもので、神経をすり減らしてお客様や取引先に気を遣い給料をもらいます。

 

しかしある2つの出来事が私に自分の将来を考えさせるきっかけになりました。

 

一つは英会話です。そしてもう一つは叔父の死です。

 

この頃はまだインドネシアもコピルアックも、影も形もありません。

 

次回も起業に至るまでの話を続けたいと思います。

 

 

 

昨年末に書いたこのブログで載せ忘れた写真です。私、焙煎マダムの指導によりコーヒー生豆焙煎の修業をしたのであります。マダムには「音を聞け!!」とよく怒られたものです。さすがに修行のためにはコピルアックの生豆は使えませんでした。

 

Samapi Jumpa Lagi,

Koki