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コピルアック(コピルアク) インドネシアでの生活1

2012.11.11

ロサンゼルスにしばらく住んでいた友人から聞いた話があります。

 

ロスの中にはいくつも日本人のコミュニティーがあって、アメリカにいるにもかかわらず、英語を使わなくても生活は問題なくできる。とのこと。

 

「外国にいても外国語をしゃべらなくても良い環境がある?」彼の言葉を聞いてもあまり実感がわかなかったのです。インドネシアでは、日本語はおろか、英語も基本的に通用しません。まして田舎であれば絶対にインドネシア語か現地の言葉は必須です。

 

 

よく「インドネシア語はとても簡単なのですぐに覚えられる」という話を聞きます。私自身、1年間池袋にあるインドネシア語教室でインドネシア語を勉強し、インドネシアで起業したのですが、言葉はやはり苦労しました。

 

日本では、「単語を強制的に暗記する」という方法で、ある程度会話が出来るようにはなっていたのですが、いざ現地に行って使えるかというとそのようなことはありません。日本では優しく先生やインドネシア人の友人が教えてくれますが、現地では「インドネシア語を話せない?」というシチュエーションが無いためか、遠慮会釈なく「ブワ~ッ」とインドネシア語で攻められます。

 

ただし、相手が何とか私と意思の疎通を図ろうという意思を持っていれば、インドネシア語があまり上手ではなくても会話は成立します。

 

弊社のコピルアックのフンつきパーチメントの供給先である、Keletの人々と打ち合わせの際も、インドネシア語、ジャワ語、英語がごちゃまぜに飛び交います。意思の疎通がうまく行かず、歯がゆいときもしょっちゅうですが、それでも何とか交渉をまとめようと、誰かが脱落してしまうことはありません。

 

日本のごく一部では公用語を英語にしている企業があります。以前、その企業の社長の数人がインタビューで答えている記事が印象的でした。

 

どなたのインタビューか覚えていませんが、その中の社長のうちのおひとりが、下記のような内容の話をされていました。

 

「中学生程度の単語力があれば英語を話すことが出来るはずだ。もしそれでも意思の疎通が出来ないとしたら、それは残念ながら、相手があなたと意思の疎通を図るつもりがないという意思表示である」

 

おおよそこのような意味でした。私の下手なインドネシア語にいつも付き合ってくれる、PatiやKeletの人々、そして日本にいるインドネシア人の友人には、この点を心から感謝しております。

 

それでも油断はできません。

 

初めてPanjunanの床屋に行った時のことでした。私は以前Luboyoという村に住んでいたのですが、事情がありPanjunanに引越しをしたため、この床屋は初めてだったのです。

 

床屋の若いマスターに「2センチくらい切ってください」と言ったところ、「オッケー!!」とばかり勢いよくバリカンで頭を刈り始めるではありませんか!!

 

私のインドネシア語が彼には「2センチ残しで、あと全部切ってくれ」というように理解できてしまったのです。

 

時すでに遅し。20数年以来の坊主頭になってしまったのであります。インドネシアで。

 

悔しかったので、家に帰り髪の毛を1本引き抜いて長さを計ってみると、ピッタリ2センチ!! 恐るべき、インドネシアの床屋。

 

何時もは私に対し厳しい目をする、隣に住む大家のお祖母さんやお祖父さんも私の頭を見て大笑い。「どうしたんだ?」「ええ、ちょっと間違えて・・・・」

 

まあ、彼らが喜んでくれたので良しとしました。

  

                       

坊主になった記念にとった写真です。コピルアックに出会う前のことでした。

 

Sampai Jumpa Lagi,

Koki