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コピルアック(コピルアク) おいしいコーヒーの番人はだれ?

2012.11.07

インドネシアというのはご存じの通り、1万以上ある島からなる国です。言語も500以上あるといわれる多民族国家です。

 

たとえばLJAインドネシアのある中部ジャワ州で、人々が会話で使う言語はジャワ語です。また、アジア・アフリカ会議でおなじみのバンドゥンではスンダ語が使用されます。もちろんほとんどすべての国民がインドネシア語を話すことが出来ますが、まれにインドネシア語を話すことが出来ず、その民族の言葉しか話すことが出来ない人もいます。

 

ある日事務所兼自宅のあるPanjunan村のWarungで食事をした後、会計をしようとしたところ、Warungのオヤジさんの言っていることが良くわかりません。少し年配のこのオヤジさん、ジャワ語を話しているんだろうなとは想像できるものの、金額はインドネシア語で伝えてほしいと思いました。

 

事務所に帰り相棒のイカサンに聞いたところ、ごくまれにジャワ語しか話すことのできない人というのはいるとのこと。ジャワ語とインドネシア語、またそれぞれの言語は全くといっていいほど異なります。

 

PatiのPasar(パサール=市場)である女性と話しました。彼女は10年位前にチルボンというジャワ島中西部の場所からPatiに引っ越してきたそうなのですが、ジャワ語がさっぱりわからず困っているとぼやいていました。こういったPasarで交わされる言葉はインドネシア語ではなく、その土地の言葉だからです。

 

もちろんイカサンも製造主任のギアントも2人だけで話すときはジャワ語を使います。

 

言葉がまちまちであることからも推測できる通り、インドネシア人の性格をひとくくりにして「これだ」ということはなかなかできません。

 

例えばジャワ人からすれば、スマトラ島やスラウェシ諸島の人々のことを「好戦的」であるといいます。

 

そこらへんは私、まだジャワ以外の島に行ったことが無いため良くわからないのですが、ジャワ人だけを見ていると、非常に彼らの性格は穏やかだなと感じております。争い事を好まず、何とか平和的に物事を解決しようという作用がジャワ人同士ですと働くようです。

 

ところが一方で私が感じるのは、他人のことを結構意識する人が多いなと思います。例えば私が誰かと一緒に写真を撮るとします。日本人ですと、「別にそれがどうした?」となりますが、彼らは「なんで私(僕)と一緒に写真を取ってくれないの!?」となります。こういったことはイカサンからいろいろアドバイスを受けながら、徐々に勉強をしている最中でございます。

 

ところでこれは、「嫉妬」とも言うべき感情とも多少関連してまいります。極端にいえば、下手をするとイカサンやギアントに対してもコピルアックのビジネスを始める際には、「ヤツらだけ日本人と組んでうまいことやりやがって・・・・」という感情がPanjunanの村人に芽生えることも十分あり得るわけです。

 

この手の感情はイカサンやギアントは十分理解し、うまくキャンセルすることが出来ているので、何とか精製所のあるPanjunanではトラブルなくコピルアックの精製が出来ております。この件、いずれブログで記載したいと思います。また、彼らには非常に感謝をしておりますとともに、こういったことがインドネシアでビジネスを行う上での重要なポイントになって参ります。

 

ところで、われわれにジャコウネコのフンつきパーチメントを供給しているKeletはどうかというと、これまたPanjunanと同じように彼らも周りには結構気を使っています。

 

時に近所の人々を招いて、コピルアックをふるまったり、しばしばお菓子や果物を近隣にあげたり・・・・・と。

 

しかし、彼らはみなコピルアックのビジネスは、かなりの大金が動くと知っています。Keletのコピルアックの供給規模は、おそらくインドネシア国内ではそこそこ大きな部類に入ります。そのことはKeletの人々だけではなく、Muriaのコーヒー農家やJepara県の一部の人々には知れ渡っています。

 

先ほどジャワ人は性格が穏やかで争いを好まないと書きました。しかし、お金のある場所には危険がつきものです。よからぬことを企む輩も当然いるはずです。

 

Keletの親玉のAgung氏や仲間たちも十分そのことは承知しています。そのため彼らはいくつかの対策を立てています。

 

・・・・。少しだけ話が長くなりそうな気配なので、続きは次回へ持ち越したいと思います。

 

                       

Patiで撮影したコピルアック・ロブスタとKue(クエ=お菓子)です。

 

Sampai Jumpa Lagi,

Koki