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コピルアック(コピルアク) おいしいコーヒーの証明書1

2012.11.04

まだ私が小学生くらいの頃まで、近所に小さな山がありました。今は完全に住宅地になってしまったその山で昔はよく遊んだものです。

 

この山での遊びというのは、クワガタやカブトムシなどの昆虫とり、カエルさがし、凧揚げなど豊富なバリエーションがあったのですが、中でもお気に入りは「穴掘り」でした。穴を掘ると水がジワッとわき出てきて、小さな水たまりが出来るのが楽しかったのです。

 

私が小学校4年生のある日、友人といつもの通り穴を掘っていました。ところがその最中にこぶし大の石の塊を見つけました。よく見てみると「貝」が石に埋まっています。直感的に「これは絶対に化石だ!!」と思いました。

 

当時、子供たちには化石が大ブームで私も親にねだって上野の博物館(確か)に「大恐竜展」を見に行った覚えがあります。クラスメイトも「化石」らしきものを持ってきては「この前どこそこで見つけた」とか「おじさんにもらった」とか自慢しあっていました。

 

どれもそれなりに信ぴょう性はあったのですが、まさか自分が本当に化石を見つけるとは思いもよらず、一緒にいた友達と「ここで化石を見つけたことは絶対に内緒にしような!!」と誓い合い、興奮冷めやらぬままめいめいの家に帰りました。

 

もちろんその晩、化石を抱いて寝たのは言うまでもありません。

 

翌日学校に行っても、友人と示し合わせた通り化石の話は一切せず、放課後彼とまた山に直行しました。そして再び化石探しを始めたのです。「ここは昔海だったんだよ」「そして原始人がここで貝を食べて貝殻捨てたんだよ」「もっと掘れば、恐竜の化石が出てくるかもしれない」・・・・・etc

 

小学生の想像というのは無限に広がります。頼もしいことです。

 

放課後山へ直行が一週間くらい続いたと思います。ところが、いろいろな場所を掘れども掻けども、化石らしきものは一向に出てこず、当初、化石が発掘されたこの無名の山の命名権の話まで彼としていた化石熱も徐々にしぼみつつあり、「ひょっとしたら原始人はいなかったんじゃないか?」「ここは海じゃなくて大昔から相も変わらず山だったんじゃないか?」という現実的な結論に落ち着きつつありました。

 

そして、ついに最も恐れていたことを彼と話しあう必要が出てきました。

 

「あの貝が埋まってた石はホントに化石だったのかなあ?」

 

そこで意を決して、放課後だれにも知られないように彼と一緒に担任の先生に相談をしに行ったのです「化石を見つけたのですが、本物でしょうか?」と。

 

この先生は女性の先生だったのですが、こういったことには全く知見が無いようで「私じゃわからないからイリー先生(あだ名)に相談してみる」ということで、私の化石を預け、イリー先生の判断を待つことにしました。

 

イリー先生は高学年を受け持つ切れ長の目をした若いハンサムな先生です。眼鏡をかけたおとなしく、頭のよさそうなイリー先生は、女の子たちからも人気があり、多少の嫉妬を交えながらも「イリー先生だったらたぶん化石と判断してくれるんじゃないか!?」と何ら根拠のない妄想にまたとらわれたのでした。

 

イリー先生の判断を一日千秋の思いで待ち続けていたところ、数日してこの女性担任の先生から「放課後職員室に来るように」との連絡があり、私と友人はドキドキしながら職員室を訪ねたのであります。

 

イリー先生と話すのはもちろんこれが初めてで、私たちは彼のご神託をソファーに座り聞くことになりました。開口一番イリー先生曰く「これは化石じゃないね」。

 

「たぶん誰かが捨てた貝が長い間土に埋まって、石にへばりついただけだよ」。彼の言葉が我々の心をえぐり、打ちのめしました。「これはひょっとしたら化石じゃないかもしれない」とは少しだけ予想をしていたものの、実際にそれが「化石もどき」と確定してしまうと、つらいとしか表現できません。

 

担任の先生から、預けていた化石もどきを戻され、意気消沈しながら職員室を後にしました。

 

その後のことはあまりよく覚えていませんが、それ以降急速に化石とか恐竜に興味がなくなったこと、そして山で遊ぶこともあまりなくなったのは覚えています。

 

前置きが非常に長くなりました。

 

今日のブログではコピルアックの証明書について書く予定でしたが、続きは明日にしたいと思います。

 

 

                       

目線の高さは富士山と同じですが、確実に富士山よりは低い山です。今は造成され住宅地になってしまったこの場所で昔はよく遊んだものです。昔の面影は全くありません。

 

Sampai Jumpa Lagi,

Koki