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飲み物の容器から見るインドネシアの経済成長 その1

2015.5.17

スーパーやコンビニで飲料を買う際に、PETボトルが登場したのはたぶんそんなに前のことではないかと思います。

 

私の記憶をたどってみると、今から20数年前くらいにポカリスエットかコーラが初めてペットボトルで製品を出したのが始まりだったような気がします。この時期はちょうどバブルの時代。まだ社会人ではなかった私が何か恩恵を受けたことはありませんが、様々な新しい商品やサービスが派手にテレビや街頭で宣伝されていたのを良く覚えています。

 

こういった状況、つまりPETボトルが店頭で普及するようになると、例えば飲料の世界ですと、「瓶」は完全に役割を終えた形になります。確かにあの重くて飲んだ後、わざわざ近所の酒屋に持って行く必要のある瓶と、軽くてゴミの日に捨てるだけで良いPETボトルを比較すると、どうしてもPETボトルに軍配が上がるでしょう。

 

ジュース類に関して、瓶は過去の遺物になり、以後はよほどの特殊品や復刻版でもない限りコンビニやスーパーで目にすることは無くなりました。

 

さて、なぜ瓶の話をこのブログに書いているかと申しますと、最近ふと思うのがインドネシアの消費事情に関して不思議に思ったことがあったからであります。

 

日本では、例えば上記のようにPETボトルが普及すれば瓶は完全に廃れます。これは瓶という機能がPETボトルを凌駕する要素が全くなくなった為、瓶を使う意味が全くなくなったからです。一消費者として今から昔を振り返れば、「ふ~ん、そういえばいつの頃からか瓶って見なくなったね・・・・」という感じでしょうが、瓶に携わっていた産業の会社はかなりのダメージを受けたことでしょう。

 

しかもこの瓶からPETボトルへの移行はたぶんかなりの短い期間で行われているはずです。PETボトルの安全性が確認できさえすれば、価格、機能ともに瓶が店頭に並んでいる必要性は無く、小売店や飲料メーカーの利益の見方からしても、すぐにでもPETボトルを採用するはずです。

 

上記は一つの例えで、私が申し上げたかったことは「日本では、新製品が旧製品を利便性、価格で凌駕すれば、旧製はすぐに駆逐される」ということを申し上げたかったのでありますが、インドネシアでは多少事情が異なります。

 

弊社がある中部ジャワ州のPatiは州都のスマランから車で約4時間程度東へ位置する場所にあり、インドネシアでは一般的な都市と言えます。まだスーパーやコンビニはそれほど普及しておらず、人々が例えばジュースを買いたいと思った場合には、道端にある屋台でジュースを買い家に持って帰るわけなのですが、入れ物は何と「ビニール袋」。いわゆるスーパーで、無料でもらえるあの半透明の袋です。

 

あの袋に飲み物を入れ、口を縛って持ち帰るわけです。日本では衛生面、機能面からしてもこれはあり得ないでしょう。確かにマクドナルドなどのファーストフードで提供される紙コップと比較すれば価格は安いのは分かりますが、一向にビニール袋入りジュースが廃れる気配は有りません。

 

経済成長率5%台を誇るインドネシアであれば、もうジュースを入れる容器に限らず様々な急激な変化が表れてもおかしくはありません。ところでGoogleの検索でバブル時代の日本の経済成長率を見てみますと、概ね46%台で進んでいます。つまり日本のバブル期と今のインドネシアの経済成長率はほとんど同じと言っていいでしょう。

 

先にも触れました通り、日本ではこの時代様々な変化が生まれ、新旧の新陳代謝が行われました。おそらく一般消費者には見えない部分でそれが起こっているケースもあったでしょう。乱暴な言い方をすれば、インドネシアでもこの経済成長率であればいろいろな変化が起きてもいいはずです。

 

ところが日本で以前起きていた様々な変化が一般消費者の目線、しかも過去を知っている私の目からすれば、かなり遅いという気がしています。もちろんインフラの関係は国の政策でもあり相当急ピッチで進んでいるのですが、ミクロの立場から見た産業の変化状況は以前の日本のそれと比べると明らかに違います。

 

先ほどのビニール袋に入れる飲み物の件、産業の変化の件、次回引き続きブログに記載いたします。

 

 

ジャコウネコを飼育しているJepara県は弊社の隣県にあたりますが、この地域は昔からチーク材を使用した工芸が盛んで、インドネシア各地に出荷されています。木彫り職人も多く、コーヒーの森を訪れた後に工芸店に立ち寄ることもしばしばあります。

 

写真は「マンカラ」というインドネシアに伝わるボードゲームの道具です。真ん中に写っている足は相棒のイカサンの足・・・・。

  

Sampai Jumpa Lagi,

Koki