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インドネシアの島しょ部で重宝される仕事とは その2

2015.1.23

私が小学校だったころ、「先生に殴られて鼓膜が破れた」という子供の話をたまに聞きました。同じ小学校内での出来事です。当時それはそんなに珍しい話ではなく、PTAなどでも「あの先生ちょっとやりすぎじゃないの」と話題になる程度でそれが問題になるということはまったくありませんでした。

 

ところがこれを今、先生がやってしまったら間違えなくマスコミに乗ってしまうでしょう。ナイフを持った少年の頭を校長がたたいただけで全国的な問題になる時代。先生も昔と違い今はたいそうやりづらいのは容易に想像できます。授業中に勝手に歩く子や、全く先生の話を聞かずにおしゃべりに興ずる子供たちがいる一方、保護者からのクレームを恐れて教師は何もできないという話を聞いたことがあります。いわゆる学級崩壊というやつでしょうか。

 

鼓膜が破れるほど子供を叩くというのはもちろん論外ですが、先生が言うことを聞かない子供に手を挙げたとしても、我々の時代の親でしたらこういうでしょう「先生、この前はうちの子がバカなことをして申し訳ありませんでした」もしくは「親に代わって叱っていただいてありがとうございました」。

 

といったところだと思います。何もしない先生がいたらむしろその先生のほうがPTAなので糾弾されるべきという時代でした。いずれにしても親たちの根底にあるのは「自分たちの躾の至らなさで人様に迷惑をかけたのは恥ずかしい」という感情だったと思われます。

 

さて、所変わってインドネシアの教育事情です。以前上記のような話を相棒のイカサンにしたところ、「先生が子供を殴る」というのは昔から今までほとんど聞かない話だそうでして、「それはヒドイね」という感想。しかし「学級崩壊」というのもまたインドネシアではありえない話で、それは親の躾の問題ではないか?と全くの正論をのたまうのであります。

 

私の身近にいるインドネシアの家庭ではそこそこ厳しくしつけをしています。例えばイカサンには2人の子供がおりますが、優しい親父である一方、厳しい面も垣間見ることが出来、ひょっとしてイカサン結構いいオヤジなのではないか??と頼もしくも思えるのであります。

 

ところで、ご存じの通りインドネシアは人口が多く、特に若い人口はこれから増えてまいります。そうなると学校の数が不足し、それに伴って教師の数も不足しがちになります。イカサンから聞いた話ですと特に不足する教師は体育教師とジャワ語の教師。

 

インドネシアには日本と違って体育を専門に教える大学というのはどうやら存在しないようで、そもそも部活動という概念もありません。もちろん日本の運動部のスパルタ教育は基本的に存在せず、国民全体的にあまり体育に関して熱心では無い為、おざなりになっているのが体育教師とのこと。つまり誰も体育教師にはなりたくない。しかし体育の授業は存在してしまうという悪循環になっているようです。

 

そして体育教師よりももっとひっ迫しているのがジャワ語の先生。ジャワ語と言えば日本に置き換えると国語に該当します。彼らは基本的に普段の生活で使う言語はジャワ語です。100%インドネシア語でしゃべる人はよその州から引っ越してきた人くらいでしょう。

 

ただし、ジャワ語と言ってもこれまた100%のジャワ語ではなく、ところどころインドネシア語が混じります。頭に思い浮かべるのがジャワ語が速いか、インドネシア語が速いかというだけの問題で、いわゆる「チャンプール(混ぜる)」していますので、ジャワ語が分からない私にも多少彼らが何を話しているのか理解できます。

 

ところが、ジャワ語というのは結構難しく、きちんと教育されていないと正しいジャワ語を話すことが出来ないようなのです。これは日本語も同じことでありまして、家や学校でしっかりと言葉づかいを身に付けないと後で人から後ろ指を指されることになりかねません。確かにきれいな言葉を使う人、そうでない人、いろいろおりますが、日本から遠く離れたジャワでもそれは同じことなのであります。

 

そのため、イカサンやギアントとフォワダーなどと打ち合わせをした後に、「あの人のジャワ語、物凄いきれいだったね~」という会話も聞かれます。どうやら今では正しいきれいなジャワ語を話すことが出来る人というのは少なくなっているようで、子供たちにまっとうなジャワ語を教える教師というのはジャワの教師の中では最も需要があるにもかかわらず供給が少ないということでした。

 

さて、昨日のブログに戻りたいと思います。「インドネシアの辺境地帯で歓迎されるのは教師だけ」という話です。

 

ジャワ島からは沢山の若者が辺境地域に出稼ぎに出ていますが、教師というのはどうやら別格の扱いを受けるようで、「先生は偉い」という今では完全に日本では死に絶えてしまった概念を強力に保有しています。これはもちろん辺境地域だけではなくインドネシア全体として日本と比べると教師をリスペクトする度合いが強いのですが、辺境地域ではそれが際立つそうです。

 

ところがジャワから辺境地域に出稼ぎに行くのはあくまでもお金が目的であり、教師としてこういった地域の生活に深入りするのをあまり彼らは好みません。と申しますのも純粋にこういった地域でヨソモノが生活するのは大変危険なのであります。

 

例えばスラウェシやイリリンジャヤ、北西部スマトラなどはまだ政府の力が及ばない場所があり、下手をすれば生きて再びジャワの地を踏むことは出来ないという可能性もゼロではありません。以前スラウェシの警察の上層部にいた人から話を聞いたことがあるのですが、辺境部の人々というのは中央政府を目の敵にする傾向があり、夜中に軍人や警官が矢で射殺される事件もまれに起こるということでした。

 

では、住民から下手人を探し出し逮捕に踏み切れるかというとそれはほぼ不可能に近い話で仲間は必ず犯人を匿い、強引に警察が捜査をすれば武力紛争に発展する可能性が有り、泣き寝入りしかないということなのでありました。

 

もちろん地域住民が警察や軍人を殺害したのは中央政府が気に入らないと言ったこと以外でも何らかの原因があるはずです。しかしながら基本的には多くの辺境地域はまだまだ物騒であるのは間違えないのですが、どうやら「教師」だけは別格の扱いを受けるとのこと。

 

イカサンの話のよりますと、ジャワというのは彼らからしてみればやはりインドネシアでは力を持った部族であり、その部族が教師として赴任してくれば歓待をするということのようです。

 

「恐怖」と「教師」・・・・・。

 

言葉尻は似ておりますが、私にとってはどちらもあまりそばには置きたくない存在ではあります。

 

 

写真の右はイカサン。真ん中はイカサンの従兄弟の子供。子供は私の借家の隣の隣に住む警官の息子です。つまり警察官とイカサンはいとこ同士なのですが、この子どもというのは結構やんちゃで、猫を追いかけて勝手に私の借家に入ってきたところをイカサンに雷を落とされました。しょげ返っているところを大家奥に頼んで写真を撮ってもらったのであります。

 

自分の子供には結構甘いイカサンですが、従兄弟の子供にはおっかない・・・・。意外な彼の側面でした。

 

Sampai Jumpa Lagi,

Koki