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インドネシアの島しょ部で重宝される仕事とは?? その1

2015.1.22

インドネシアのテレビドラマを見ていていくつか気が付くことがあります。第一に「効果音」がやたらでかいことです。また、でかいだけではなく例えば「泣く」場面ではもうモロに悲しい音楽が容赦なく流れるという、いわばベタな演出が前面に出てまいります。

 

そして第二は演出だけではなく演技もものすごいリアクションが大げさだということです。仮に「驚く」という場面があったとしますと、眼を最大限見開き、手のひらを両手全開き、口を裂けるくらい開ける・・・。

 

というおぞましい絵がテレビに流れるのです。つまり、「嬉しい」を表現するのであれば最大ボリュームでハッピーな音楽を鳴らし、あからさまな作り笑いをして、スキップするという具合になります。これはもう絶対に日本のテレビドラマではお目にかかることが出来ない情景で、ある意味貴重ではあります。

 

私の知人で、ジャカルタで俳優として活躍している日本人がいるのですが、彼から聞いた話によりますと、これはあえてこういった演出をしないと、地方の人は物語の状況が読み取れないことがあるということでした。

 

これはどういうことかと言いますと、インドネシアというのは、国土は世界で4番目に広い国です。東西に長く伸び、最西端と最東端では民族性や風習が大きく異なります。インドネシア語という共通語はあるにせよ、普段使用している言葉は最西端であればアチェ語であるかもしれませんし、最東端であればイリリンジャヤ語であるかもしれません。

 

もちろんアチェ語とイリリンジャヤ語は、互換性はなく両者が会って話しをしても何を言っているのか全く通じません。かろうじてインドネシア語がお互いの共通言語ではありますが、それを除けば他国にも等しい距離感です。もちろん地理的にもそうですが文化的にも同じことがいえるでしょう。

 

そのため、中途半端な感情表現、演出をドラマでしてしまうと、「この人は何を言いたいんだろうか??」と本気で疑問に思ってしまう視聴者が出てきてしまいます。筋立ては面白いドラマであったとしても、結局はあまり人気が無いという状況になる可能性が有るので、あえてあんなに大げさなリアクションをしているということでした。

 

この話を聞いて相棒のイカサンのある話を思い出しました。

 

コピルアクを精製している場所、Patiがあるのはジャワ島のど真ん中、中部ジャワ州です。日本人がインドネシアと聞いて連想するのは「ジャカルタ」や「バリ島」で、ジャワもそのうちの一つには入るかと思います。反対に「スラウェシ」とか「イリリンジャヤ」と言われても多くの人はまったく知らないと答えるでしょう。

 

こういったことからインドネシアの中心といえば何となくジャワ島かバリ島で、それ以外の地域というのはあまり発展していない地域というイメージを持つ方もいらっしゃるでしょう。実は私もそういう風に思っていました。もっと言えばジャワ、バリとそれ以外の地域では貧富の差が結構あるのではないかと思ったのであります。

 

ところが相棒のイカサンにこの話をしたところ、私の考えは真逆であることを教えられました。確かにジャカルタとバリ、もしくはバンドゥンやスラバヤ、スマランなどの都市部は豊かではあるのですが、平均すればインドネシアで給与所得が最も安いのはジャワ島で、人口の割には仕事が少ない為若者で他の島しょ部に出稼ぎに行くのは珍しくないということなのであります。

 

例えばPatiでお菓子工場の工員として働いた場合の給料と、スマトラ島のメダンなどで働いた場合の給料は同じ仕事内容でも2割はメダンのほうが高いという話であります。物価もその分メダンのほうが高いのですが、切り詰めて生活しお金を貯めてジャワへ戻るのもあり、そのままメダンに住みつく若者もあり、ということでジャワの労働力は他の島へも移動いたします。

 

ここら辺は結構気軽に若者は友人、親戚縁者を頼ってゆくようなのですが、彼らがしり込みをする地域というのは確かに存在するようです。それはいわゆる辺境地域です。

 

インドネシアはご存じの通り多民族国家です。国土も広く人種も様々な為いろいろな考えや風俗を持っている人々が点在しています。もちろん大統領をトップとした法治国家ではありますが、中央の権力があまり及ばない地域というのも実際には存在し、インドネシアの法律よりもその地域の「掟」が人々を支配し、警察というのは有って無いようなもの、という状況です。

 

実はこういった場所にも仕事は存在します。例えば建築関係です。設計者や施工者、労働者というのは引き合いが強く、ジャワ島からの出稼ぎもいるにはいます。イカサンの友人にも実際に建物の設計者としてこういった地域で仕事をしている人も何人かいるようですが、彼らがこの地域で仕事をして共通する感想というのはズバリ「疲れる・・・・」ということだそうです。

 

もちろん肉体労働で疲れるという意味ではなく、精神的にキツイということなのですがこれは何かと言いますと、絶えず何らかのいざこざが発生し、その仲裁はジャワ人がやるもしくは自然とそういう役回りを仰せつかるということのようで、悪い意味で重宝されているため要らぬストレスを抱え込むことになり、Capak(チャペッ=つかれる)~といつも疲弊しまくっているという話なのであります。

 

ジャワ人というのは基本的には温和な人種です。ある意味日本人と似ているところがあります。ところが辺境地域の人々というのは気性が荒く、前に出たがりで「負けたくない」という気持ちが強い為何か事が発生すると収拾がつかなくなります。

 

こういった場合に温和なジャワ人がどちらの顔も立てるような妥協案を提示して、ことを丸く収める役目を果たします。これはどちらかと言えばジャワ人からしてみても嫌な役目でありまして、「そんなケンカで、何で俺が仲裁に入らないとなんないの!?」という気持ちになります。またケンカの当事者にしても別にジャワ人をリスペクトしているわけではなく、「うまい具合に仲裁してくれるからジャワ人に任せればいいじゃん」という習慣化された役回りとしてとらえている節があるようです。

 

つまりジャワ人は辺境の人々からしてみると、「仲裁のうまい出稼ぎ」というとらえ方以外の意識はないようなのですが、出稼ぎの中でもある一つの職業だけはジャワ人はリスペクトされ、重宝されています。

 

それは「教師」です。

 

話が長くなりそうなので次回へ持ち越します。

 

 

 

写真は左からイカサン、ギアント、私。これからジャコウネコのフンを洗うという前に記念写真を撮りました。イカサンはもっぱら指示をするのが役目。ジャコウネコのフンを洗うのは私とギアント。仕事がツラいのでギアントはもろに嫌な顔をしているではありませんか!!

 

なんとわかりやすいことでしょう。インドネシアのテレビドラマの俳優並に・・・・。

 

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Koki