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インドネシアのインフレ

2014.10.20

デフレという言葉をちらほら聴くようになったのは確か1990年代の終わり頃だったかと思います。バブル経済がはじけた直後はまだ好景気の余韻が残っていたのですが、それから数年たった頃は明らかに不景気を感じるようになりました。

 

私自身恥ずかしながら当時はデフレというのは良いことだと最初は思っていました。物価が下がれば生活はしやすくなり、なおかつ消費も増加するためインフレで物価が上がるよりかはマシではなか?というわけです。

 

ところが、これが長期化するといわゆるデフレスパイラルが起こります。物価が下がる→企業の利益が減る→社員の給料が減る→人々の物品購入が減る→企業は人々が物を購入してもらえるよう益々物価を下げる・・・・。この頃になり始めてデフレというのは経済にとっては悪だということに気がついたのであります。確か200年代前半のことでしょうか。

 

まだ学生だった頃、学校の先生が「これからしばらくは大不景気の時代がしばらく続く」と仰せになったのを、当時はバブルの余韻がまだ残っていたせいでみんなそんなことは絶対にないと思っていたのですが、その数年後ずばり先生の予言が当たったことになります。

 

さて20年近くのデフレを経験してきた日本ですが、やっと出口が見え初めて来たと思われます。確かに企業が値上げに対する躊躇というのは以前ほどではなく、近所のスーパーに並ぶ食品も明らかに値段が上がっているのに気がつきます。

 

長いデフレ下で不景気にあった多くの日本人の心境というのは、「物価が上がってほっとした」というものではないでしょうか。今まで1リットル88円で購入していたオレンジジュースが129円になっていても、以前ではそれを手に取らなかった人々が、最近の状況では「購入する」という選択をしていると思われます。

 

ところでこの話を相棒のイカサンにしてみました。予想通り彼は「デフレスパイラル」というものを頭では理解できるのですが、デフレ自体は「大歓迎」です。以前の私とまったく同じでデフレの怖さというのはやはり実際に経験しないとわからないはずです。

 

と申しますのも、ここ数ヶ月でインドネシアではかなり物価が上がりました。タイミングとしてはJogowi氏が新大統領になることが決定した後、8月頃からだと思います。例えばIndomaret(インドネシアでは大手のコンビニ)で購入する1.5Lのペットボトルの水、以前はRp2500(日本円で約25円)だったのが、気がつけばRp4000(約40円)。そのほかもろもろの物価はやはり上がっています。

 

FRDのイエレン氏が量的緩和の終わりに言及してからトルコやインドネシアの通貨は下落しました。しかしJogowi氏が大統領になったことでインドネシアの通貨は高くなり、銀行の金利も高くなり、企業もそれにつられて値上げをしているのではないかと推察しています。もちろん新政府の政策も効いているのでしょう。

 

幸いインドネシアでは給料水準が少しずつですが高くなっています。州政府もそれなりの目標を掲げています。そのためたとえインフレになったとしても、物価上昇が給与上昇率と同じであればよいデフレとして歓迎されるはずです。

 

現地で感じる感覚としては生活費の上昇にあえいでいるという印象はまったく無く、淡々とこのインフレを受け入れているといった様子です。

 

ところで、このブログを書きながらふと思ったのですが、もし1990年に生まれた日本人の場合、その人は今24歳。人生のほとんどをデフレ下で過ごしていることになります。彼が例えば1年間インドネシアで暮らしたとすると、物価が徐々に上昇してゆく感覚を初めて味わうことになります。

 

私自身、デフレに慣れきっていたために日本のインフレには多少戸惑うものの、明るい兆しが見えてきたと思うようにしております。その意味ではインドネシアは日本にとってインフレのお手本。しばらくはしっかりこの地で勉強したいと思います。

 

 

今日のブログではコピルアックのことについては触れませんでしたが、実は今コピルアックのジャコウネコのフンを洗う作業の真っ最中なのであります。集まった村人は総勢9人。普段は農作業をしているのですが、しばらくの間は精製作業にかかりっきりになります。もちろん私も彼らと一緒に仕事をいたします(上の写真は前回の作業風景です。今日はみんな殺気立つほど忙しく、残念ながら写真を撮るどころではありませんでした・・・・)。

 

作業は大変ですが仲間たちと一緒に何かをやるというのは楽しいものです。

 

Sampa Jumpa Lagi,

Koki