コピルアックブロク画像

インドネシアの輸出規制3

2014.1.30

先日久しぶりにあった知人と話をしていた際、「今インドネシアの景気ってどうなの?」と尋ねられ、「あまりよくないね~」と答えました。

 

良くないと感じる理由ですが、物価の上昇が著しいため、消費が落ち込んでいることです。日本ではデフレ脱却が言われて久しく、これは物価の下落=製造原価の圧迫=労働者賃金の低下=消費が減る という図式になりますが、では物価が上昇すればその逆のことが起き景気が良くなるのかといえばそうでもありません。賃金の上昇が物価上昇に追随すればよいのでしょうが・・・・。

 

ところでこの物価高が発生している原因ですが、「インドネシアルピアの通貨安」が主な原因としてあげられるかと思います。「なぜ通貨安だと物価が上がるのか?」というと、たまたま昨日見つけたこちらの「さいますみさんのブログ」でわかりやすく説明されておられましたのでご参照ください。

 

 

簡単に説明いたしますと、「アメリカの金融緩和が縮小される」→「今まで新興国に投資していたお金がアメリカに戻る」→「投資を戻そうと新興国は利上げをする」→「銀行の貸出金利が上がる」→「企業が物価を上げる」という流れになり、良いインフレという図式ではありません。

 

インドネシアで暮らしていてしばしば思うのが、「税金はみんな払っているのか?」ということです。相棒のイカサンに聞いたところ、「ほとんどの一般市民は払ってないのではないか」ということでした。もちろんきちんとした企業に勤めている人であれば給料から税金を天引きされるシステムは日本と変わりませんが、いわゆるきちんとした企業に勤めているひとの割合は日本と比べて格段に少なく、つまりは政府が国民から広く徴税できていない現状があります。

 

そのため海外からの投資に頼らざるを得ない部分が多くなり、投資が無くなるとかなり厳しい財政状況になるのではないでしょうか。

 

私がインドネシアでコピルアックの輸出を始めたのが2011年。今から3年ほど前ですが、確か記憶によると1ドル=9000インドネシアルピアくらいだったと記憶しています。ところが今は1ドル=12000インドネシアルピア。

 

一見すると「25%近くも通貨が下落しているので輸出で儲けられるのではないか?」と考えられるでしょうが、インドネシアは日本と異なり輸出で稼ぐ力はあまりなく、通貨安は上記のような理由で国内需要を圧迫しているという状況なのであります。

 

さて、前回の話はインドネシアと中国の共通点というところで終わりました。

 

私は十数年前、コーヒーの仕事とは全くかけ離れた、工業分野で仕事をしておりました。この頃は日本で製造する低グレード液晶パネル、例えば計算機に使うようなものが中国で生産できるようになり、この辺りの部品メーカーがどんどん中国に進出していったのを良く覚えています。

 

さて、この頃からいわゆる中国の政策転換が始まったような気がします。今まではただ単に穀物や鉱物原料、を輸出するだけの国であったのが、付加価値を付けた製品を輸出するといういわば日本や韓国型のビジネスモデルにシフトしてきました。例えば今までは石油を輸出していたものが、逆に石油を輸入してそれをもとに加工品を作り、世界へ輸出するというものです。

 

1990年代後半から工業用品に使用される主要な原料が徐々に値上がりしたのを覚えていますが、中国のポジションが今までは供給者であったものが需要家に変わったため、世界中で玉不足が発生したわけです。

 

この政策転換は主に貿易上の優遇政策で顕著になりました。例えば携帯電話を生産する設備を上海に日本から輸出しようとします。この場合一般的には中国に入港した際、関税を支払う必要があると思われるでしょう。

 

ところが仮にこの携帯電話が「中国で製造した後に輸出をする」ということであれば、この設備には関税がかからない(正確には還付される)という特例が設けられます。つまり関税を無くすことにより、価格競争は有利に働き関税で得られる歳入以上の利益を中国は得ることが出来るわけです。

 

このビジネスモデルは、はたから見ていても大成功だったのでしょう。中国はかなりの富を手にすることが出来ました。しかし一つの落とし穴があります。それは、仮に世界の景気が悪くなれば、輸出で稼ぐビジネスモデルというのは非常にもろく、崩れるのも早いということです。

 

コーヒーやコピルアックの話からだいぶはぐれ、経済、貿易の話が長くなります。LJA JAPAN、LJA インドネシアともに貿易業が本業の為しばしお付き合いくださいませ・・・・。

 

 

 

Patiの街から近いところにある村です。コピルアクの保管場所があるPanjunan村の隣村になります。

 

華僑系の住民はこういった村には住んでおらず、たいがいは街中に居を構えています。

 

Samapi Jumpa Lagi,

Koki