コピルアックブロク画像

インドネシアの輸出規制2

2014.1.29

LJA インドネシアのあるPatiは中部ジャワでは中堅レベルの都市で、ジャカルタで暮らしているインドネシア人の友人に「Patiって知ってる?」と聞くと、たいがい「ああ、あのPensiumの街ね!?」という答えが返ってきます。

 

Pensium(ペンシウム)というのは「引退した」という意味で、ジャカルタやスラバヤなどの大都市で仕事をして老後は静かな街で暮らすのにPatiは比較的便利なことで知られています。

 

このPati県に暮らす人はおおよそ120万人とも言われています。Pati県の「県」に該当するインドネシア語はKabupaten(カブパテン)。そして日本で言うところの市もしくは区に該当するインドネシア語はKecamatan(カチャマタン)です。例えば隣町のJuwanaはPati県Juwana市。インドネシア語ではKecamatan Juwana Kabupaten Patiとなります。

 

ところでこのKabupaten Patiの人口はおおよそ120万人と聞いたことがありますが、体感的に95%以上がジャワ人、もしくはいわゆるネイティブのインドネシア人で残りが華僑系というイメージです。

 

Patiで暮らす華僑系の市民は多くが市の中心街で店を構えており、どの店も結構繁盛しています。例えばPatiに1件だけある客足が絶えることない家電店もオーナーは華僑系で、私が洗濯機や冷蔵庫を買う際も私を上から下までじろじろ見た挙句、製品の値段を付けられたものです。

 

相棒のイカサンの話によりますと、Patiにいるお金持ちの大半は古くから華僑系が占めており、この構図はPatiだけではなくインドネシア全土で同じようなものだろうと言っておりました。

 

以前西ジャワのボゴールに行った際も例えばゴルフ場のオーナーはほとんどが華僑系で、ゴルフはビジネスとしてではなく、オーナーが客人を接待するために建てたレジャー施設という意味合いが強いということでした。そのためあまりゴルフ場の集客には頓着せず、一般ビジターの料金は日本と同じかそれ以上に高い場合も多くあります。

 

さて、歴史上ではこの華僑系インドネシア人、もう何百年も何世代にもわたりインドネシアに暮らしておりますが、現代における実際の中国とインドネシアの関係というのは貿易上のつながりを見るとやはり強く結びついていると言えます。

 

LJA JAPAN、LJAインドネシアはコピルアクコーヒー以外の貿易ビジネスも行っておりますが、比較的頻繁に話をいただく案件は「インドネシアから中国に何かを輸出したいがLJA インドネシアで代行できないか?」というもの、もしくは反対に「中国から何かをインドネシアに輸入したいが何とかならないか?」というものです。

 

これはどういう意味かと申しますと、例えばコピルアクをインドネシアから中国に輸入したいという中国人がいるとします。ただしこの中国人は中国国内でこのコーヒーを販売するマーケットは抱えているものの、貿易業のライセンスが無く、コピルアクの調達をすることが出来ないというものです。

 

中国はインドネシアと同じように製品の輸出入にはライセンスの取得が義務付けられています。そのため中国政府が許可を与える輸入ライセンスが無いと海外から何かを仕入れることが出来ないのです。

 

しかもインドネシアも同じく輸出にはたとえコーヒーではなくともライセンスが必要になるため、輸入もできなければ輸出も出来ないという事態になります。

 

この時に必要になるのが弊社のような貿易ライセンスを取得している会社です。弊社が彼の代わりにコピルアクを代行して輸出するわけです。もちろん中国の輸入ライセンスはLJAインドネシアでは保有しておりませんが、もし彼が中国でライセンスを貸してくれる企業を見つけることが出来れば、理論上はコーヒーを手に入れることが可能になります。

 

LJAインドネシアが貿易業を始めて約3年になりますが、頂く案件の約80%が中国への輸出、もしくは中国からの輸入に関するものです。つまりインドネシア中国間の貿易というのはかなりのウエイトを占めるため、中国関連の引き合いの割合が高くなる状態にあるのですが、これはもし税関の職員のように常時貿易に携わっている人々ですと、おそらく手に取るようにわかるのではないかと思います。

 

もちろんこの中国、インドネシア間の貿易の状況については政府としても完全に把握しています。

 

さて、ここで何を申し上げたいかと言いますと、中国とインドネシアの類似点とインドネシアの今後の行く末です。

 

私の思いますのは、現在の中国とインドネシア、似ても似つかない国ですが、十数年前の中国とインドネシアには類似点があります。それは当時の中国が経済発展の途上にあったのと同じような状況が、今のインドネシアのような気がしています。

 

思い起こせばあの頃の中国は・・・・・。

 

 

次回第3話へ続きます。

 

これはジャコウネコに餌として与えるパパイヤの写真です。どうやらこのパパイヤ、あまり出来は良くなく、ジャコウネコを飼育している親玉のAgung、満足いかない様子でした。

 

Sampai Jumpa Lagi,

Koki