コピルアックブロク画像

Pasarでの行商の思い出

2013.11.24

まだコピルアクのビジネスを始める前、私は中部ジャワ州PatiにあるLuboyoという村でBalsam(バルサム)という塗り薬を作って近所のPasar(パサール=市場)で行商をしておりました。

 

バルサムというのはメンソレータムのような塗り薬でインドネシア人は肩が凝った、どこか痛いところがある、風邪を引いた時など、バルサムをよく使います。Balsamは通常町の薬局、どこの村にでもあるToko Kecil(トコ・クチル=小さい店)などで売っているのですが、たいていこういった店はPasarで仕入れてきて自分のお店で販売するわけです。

 

私が行っていたBalsamの行商とはPasarのお店にBalsamを売り込むことと、Pasarに買い物に来ている人々に「試にうちのBalsamを使ってみませんか?」と話しかけ、その場で1個Rp5000(日本円で約50円)のBalsamを販売します。

 

もちろんPasarに外国人などいませんし、基本的には地域住民以外はよほどのことが無い限りPasarなどにあえて行こうとは思いません。Pasarはその言葉の通り現地住民相手の商売をする場所であり、私もそのうちの一人としてPasarでうろうろしていたわけです。

 

ところで以前、味の素の社員の方とインドネシアの市場についてお話を伺う機会があったのですが、味の素は戦後かなり早い時期からインドネシアの市場で製品を販売していて、日本人の社員とインドネシア人の社員がペアでPasarやToko Kecilなどに出向き行商をしながらビジネスを大きくしていったとのことでした。

 

突然味の素の話に飛んでしまいましたが、バルサムのビジネスを行う一方で実は日本食のWarung(ワルン=屋台)をビジネスにできないかと考えたことがあり、ある調味料メーカーにインドネシアで調味料の調達が出来ないかどうかを聞いたことがあります。ところがこのメーカーは味の素とは違い「全て現地の代理店を通して自社製品を販売しているので、代理店に連絡をしてほしい」とのこと。

 

日本では味の素と同じくメジャーなこの会社も、インドネシアでは全く知られておらず、現地での製品の浸透度は雲泥の差です。

 

やはりインドネシアで日本製品を販売しようとした場合、どこかの現地代理店に任せきりでは絶対にダメで、日本人の社員が消費者になるべく近いところから販売を始めるのがとても非効率的に見えるものの、最もまっとうな方法ではないかとPasarで行商をしながら感じた次第です。

 

たまたまPatiの近所のPasarで行商をしていた時、ある男性から声をかけられました。

 

「アンタ、中国人か?」と。

 

なぜ私が中国人と思ったのか?と聞くと、たまたま昨日中国人がこのパサールで“ミキサー”の行商をしており、私もその流れで中国人だと思ったとのこと。行商をしている中国人をPasarで見かけることは結局ありませんでしたが、このことがきっかけでますますバルサムの行商に力が入ったのを覚えています。

 

パサールで一つ思い出があります。私がバルサムの行商をしている時、段ボールに紐をつけてバルサムを中に入れ、肩でそのダンボールを担いでパサールをうろうろしていたのですが、バルサムを購入したいと思ったお客様のなかで、私が肩に担いでいる段ボールの中からバルサムの蓋をあけ、量の多いバルサムを探す人が結構いました。

 

彼らに“Sama Saja”=“どれも同じですよ”とインドネシア語で言っても知らんぷりしてまだごそごそ段ボールの中をあさります。これには辟易してしまい、一緒に行商をしていたインドネシア人に「ジャワ語で“Sama Saja”を何というか?」を教えてもらい、翌日からそのジャワ語を使ってみたところ、段ボールの中のバルサムを物色する人はいなくなりました。

 

“Sami Mawon(サミ・マウォン)”

 

私が今でも覚えている数少ないジャワ語です。インドネシアで物販のビジネスをしようとしたらこういったところからスタートしないとダメなんだろうな・・・・。と痛感した出来事でした。

 

 

先日西ジャワのBogorというところに出張に行きました。中部ジャワのPatiからバスでなんと12時間!!

 

Bogorには有名なサファリパークがあるのですがその門の前で撮影した写真です。彼の右手にあるのは火なのか槍なのかよくわかりませんでした・・・。

 

Sampai Jumpa Lagi,

Koki